言葉のサラダ

忘れがたい人、風景、出来事たちの話をします。

おどる人。

もう大分前になくなったヤリ部屋で、その人と出会った。
まだゲイの人とあまり会ったことがなかった頃の話だ。
暗い部屋の中で、その人の輪郭はいやにくっきり見えたのを覚えている。
引き締まった体、鋭い目。無駄のない動作。
ネコ科のハンターみたいだ、と思った。
エッチをしても、その印象は変わらなかった。
しなやかで、強靭で、それでいて色っぽい。
後で聞いてみたら、その人もおれに同じような印象をもったらしい。
ただしおれは、ネコ科のハンター、ではなくて、狼とか犬っぽかったと言っていた。

その頃おれは学生だったけど、同い年の彼はすでに稼いでいた。
ダンスをやってるんだ、と言われて、とても納得した。
彼と抱き合っているときに、彼にとってはエッチとダンスは一緒なんだろうな、と何度か思った。
彼のおどりを何度か見に行った。
時々、エッチの時と同じ表情を見つけた。
それは演技ではなくて、どちらかというとその逆、溢れてしまう感情や保てない表情やそういったものだと思った。
そしてそれがとてもいいと思った。

彼に連れて行ってもらって、初めて2丁目に行った。
何も知らなかったおれに、彼はいろいろなことを教えてくれれる先生でもあった。
性的なことも含めて。
彼はスリムだけれど精悍で、着ているものも上質だった。
一方おれはいかにもダサい学生で、今だったらそれはあざといくらいの武器にもできるのだろうけれど、その頃は彼といると時々恥ずかしくなった。
2人で飲み屋に入ると、彼を見て、おれを見て、もう一度彼を見る誰かの視線。
釣り合っていないのはよく分かっていたけれど、その値踏みの視線にいつも少し凹まされた。
でも彼はとても優しい男で、おれに気を使ってくれて奥の席に移動したり、誰かから話しかけられても感じよく断ったりしてくれた。
それがとても嬉しかった。

でも、付き合っていたわけではない。
友達だった。
少し寂しかったけれど、なんとなくその時の距離感がいいと思ったし、それに名前をつけるとしたら友達なんだろうな、と思っていた。
恋人の劣化版としての友達ではない、友達。

彼とファミレスでよく食事をした。
時々テンションが上がってしまう彼は、機嫌がいいとファミレスでも踊ってしまう。
そういう時はちょっと恥ずかしくて少し離れたりしていたど、会計や廊下を歩く時に踊ってしまうのは、かっこいいとこっそり思っていた。

おれが働き始めたタイミングで彼も仕事が大変になり、時々メールのやりとりをするくらいになり、それもいつしか途絶えた。
数年前に、独立して事務所を構えたこと、近くに寄ったら遊びにきてねという言葉とともに、とうとうフィストができるようになったよと絵文字付きのメールが来たけれど、それが最後のメールになっている。
そっかー、フィストに行ったかーと笑った。
さすが先生、おれには追いつけないなあと思った。
フィストは興味ないけれど、彼が今はどんなおどりをしているのか、時々見たいと思う。