美しい人。
おどる人。
彼の部屋。
彼と会うときは、いつも彼の部屋だった。
あまり広くないその部屋は、彼が好きだというハワイの雰囲気がした。
そのハワイっぽい部屋で、いつも僕らは抱き合って、終わると色々と話をした。
屈託のない笑顔で、最初に会ったときから個人情報も何もかも開けっぴろげに。
だからいつも聞きそびれてしまう。
アプリには、彼氏がいる人はごめんなさいって書いてあって、ポジションはタチってなってるけど、彼氏持ちでタチのおれと会ってて、おれは君を傷つけてない?
それともそう思うことも、侮辱みたいなものなんだろうか?
そんな彼と会う約束をしていたある日、約束の時間近くに彼からメッセージが来た。
今日は体調が悪いからごめんなさい
数週間後に入院をするからその前に会いたかった
病気は悪性腫瘍の一種です
彼は詳しい病名を教えてくれた。
聞いたことがないその病名をネットで調べると、あまり良い情報は出てこない。
たまらない気持ちになる。
人からはセフレとか言われるだろう関係なふたりだけれど、おれは友達だと思っていて、彼もそう思ってくれているから、例えば病気の話もしてくれるんだろう。
彼も自分の病気のことは調べたに違いない。
そしてその闘病が厳しいものかもしれないことを知っていて、その不安も嫌というほど感じているはずだ。
彼の体に彼の命をも脅かしているかもしれない細胞が生まれ、存在していた時期に、僕は君を抱いていたはずだ。
友達でお互いの体はよく知っているけれど、でも、それ以外はよく知らないことに改めて気づく。
支えになれば、という気持ち自体、どこで使って良いのかも分からない。
入院は長くなりそう?
お見舞い、行ってもいい?
そう返すと、入院は長引きそうだということと、病院名を教えてくれた。
いつも通り、明るい感じで。
ちょうど彼のハワイっぽい部屋みたいな雰囲気で。
彼に会いに行こうと、ただ思った。
ある友達。
そいつとはじめて会ったのは、おれが不倫をしていた時だった。
つまみ食いじゃなくて、不倫。
その不倫相手と微妙にうまくいかなくなってきていて、でもまだ終わりになるのかならないのか分からなかった時期。
関西在住のそいつがたまたま都内に来ているとかで、不倫相手と遊んだ翌日、一人で泊まったホテルにそいつは来た。
当時流行っていたエロ系のSNSで知りあったので、当然、やる。
すごかった。
Mなんです、とは聞いていた。
でも、SMとはちょっと違う。
痛み、言葉責めとかそういう、ロールプレイングで感じてるんじゃなさそうだった。
sexに対する熱量みたいなもの。
その量が半端ではなく大きくて、どうしようもなく大きくて、そいつにとって一番いいsexが、相手に奉仕する事、それで喜ばせる事で、そこにかける情熱が切ないくらいだった。
いいsexだったと思う。
色々なsexの形があって、それぞれ好みも様々だ。
自分が好きなsexは、とにかくお互いがお互いで感じる事。
そこに真剣さがないと、全然燃えない。
おざなりだったり、自分だけ気持ち良くなるsexは面白くない。
圧倒したり、圧倒されたりする刹那に、どうしようもなく醸し出される表情が、エロいと思う。
そいつとのsexはそんな感じが満載で、お互い出し惜しみしない。
その時はやるだけだった。
その後、何回か会った。
やる事はやったが、終わった後に長々と話をしたり、飯を食いに行ったりした。
かなり博学、しかも高い知性に裏打ちされている話なのに、そこにいやらしさがみじんもない。
おれの周りによくいる自称インテリみたいな連中とは、言葉の使い方や会話の意味自体が大きく違う。
きっとそいつは、sexと同じように会話にも相手を知り、自分を知らせる為のもの、とシンプルに向かっているだと思う。
認めて欲しい気持ちはたくさんあるのに、それを駆け引きではもらえない事を知っているんだと思う。
色々な話をする。
男の話しもすれば、世情の話しもする。
正直、もうそいつとはsexしなくてもいいのかなと思う。
会えば、するんだろうけど。
本気でsexをしたり、話をしたりすると、その人の魂が見えるような気がする。
誤解だったり、願望だったりするのかもしれないけど、そう思う。
おれから見るそいつの魂の形は、とてもきれいで、だけど切ない。
切ないのは、例えばこういう話を聞いた時だった。
そいつが時々行く飲み屋で、顔はめちゃくちゃきれいなのに、身なりがみすぼらしい男がいた。
その男は、大学生の時に、「ご主人様」に出会った。
どこか外国の部族の通過儀礼だか、奴隷の儀式だかは忘れたが、そういうのを真似て、「ご主人様」に陰茎を長軸にそって切り開かれたらしい。
排尿も、射精も不可逆的に不自由になる。
大学もやめさせられ、ホームレス生活。「ご主人様」から連絡があれば駆けつける。金もその「ご主人様」がくれる。
都市伝説の類いかもしれないな、と思いながら話を聞いていた。
「おれはそこまではできないけど」というそいつの表情に、憧れと言ってもよさそうな、でも憧れという語感とは真逆の、暗い欲望が覗いていた。
切ないと感じるのは、そう言う時。
そいつが、最近、「ご主人様」ができたと嬉しそうに報告してくれた。
とてもとても嬉しそうだ。
あんまり嬉しそうなんで、おれまで嬉しくなった。
よかったなと思う。
陰茎を切り裂くような「ご主人様」ではないみたいだし。